あおい商店誕生の秘密

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あおい商店 秘話(編集中)

「あおい商店」名前の由来

 当店の名前は夢のお告げから来ています。その夢をきっかけに「あおい商店」が
 誕生しました。
 この地は葵の紋発祥の地であり、また私の先祖が武田信玄に仕えていたことから
 砂金ととても縁が深い、とても不思議なことが幾つも重なっているのです。

「葵」の漢字を採用した訳

 享禄2年、(現在の愛知県豊川市)伊奈城主・本多正忠は岡崎城主の松平清康に従い
 吉田城(現在の豊橋市)を攻め落とした。
 そして、正忠は清康を伊奈城に迎え勝利の祝宴を開いた。この時、正忠は城内の池の
 ありふれた水草に肴を盛って出した。これは中国の古典・春秋左氏伝に習い潔白な忠誠心を
 清康に表したのである。
 清康は喜び、この時、伊奈本多家の「立葵の家紋」(フタバアオイ)を望み
 以来用いるようになり、後に「徳川・三葉葵の家紋」となったと伝えられている。
 豊川市のホームページより一部抜粋 
 生まれ故郷が葵の紋と深い関わりがあるため、当店の誇りとして採用させて頂きました。

「あおい商店」と「武田信玄」のつながり



 長篠の戦いとは、天正3年5月21日、三河国長篠城(現愛知県新城市長篠)をめぐり
 織田信長・徳川家康連合軍3万8000と武田勝頼軍1万5000との間で勃発した激戦。
 武田軍は馬防柵と火縄銃 鉄砲三段撃ちを前に甚大な被害を受けました。
 私のご先祖様は当時、武田軍に仕えていました。当時使用した刀は第2次世界大戦前まで
 我が家の家宝として大切に保管されておりました。

以下、写真は設楽原歴史資料館で展示されております。


色々な説があるため定かで無いことが多い中、どこまで真相を突き止められるか
今後が楽しみです。

当時使用された火縄銃


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自己紹介

あおい商店 Gold 篇


ご来店誠に有難うございます
当店の座右の銘は

夢をあきらめないこと
願いは叶うと信じること
ここまできた自分を好きになること
自分に関わった人達に感謝すること
 

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